「曖昧な役割分担が命を奪った」──。日経アーキテクチュア2017年10月12日号の特集「スロープ崩落訴訟が問う『設計者の責任』」のサブタイトルです。
スロープ崩落訴訟とは、2011年の東日本大震災で立体駐車場の車路スロープが崩落し、2人が死亡、6人が重軽傷を負ったコストコ多摩境店事故の訴訟を指しています。事故の原因が「曖昧な役割分担」だと聞いて、ドキッとした人も多いのではないでしょうか。
事故の経緯をざっと振り返ってみます。
2001年 | |
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4月ごろ | コストコ社が米設計会社と多摩境店の建築設計・監理業務委託契約を締結 |
6月ごろ | 米設計会社が現地設計事務所として意匠設計事務所(東京都渋谷区)と設計・工事監理業務委託契約を締結。意匠設計事務所は構造設計などを構造設計事務所(東京都豊島区)に委託 |
12月初旬 | コストコ社が高木直喜建築事務所に構造設計の変更を依頼 |
12月13日 | 意匠設計事務所が東京都町田市に建築確認申請 |
12月21日 | コストコ社が意匠設計事務所に多摩境店の構造を変更すること告げる |
2002年 | |
1月8日 | 町田市が確認済み証を交付。着工予定は1月15日、工事完了予定は6月30日 |
1月9日 | コストコ社が高木事務所と意匠設計事務所、構造設計事務所を引き合わせて設計変更を伝える |
1月25日 | 高木事務所が構造計算をやり直し、構造設計事務所が構造図を描いて、意匠設計事務所が町田市に計画変更確認を申請 |
2月7日 | 町田市が計画変更の確認済み証を交付 |
2月 | 着工 |
8月 | 竣工 |
9月 | 店舗開店 |
2011年 | |
3月11日 | 東日本大震災で町田市が震度5弱~5強の地震に見舞われる。コストコ多摩境店のスロープが崩落。8人が死傷 |
事故から2年後、構造設計者を含む一級建築士4人が、業務上過失致死傷の疑いで書類送検され、起訴された構造設計者の責任を問う刑事訴訟が始まります。
2013年 | |
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3月 | 警視庁が高木直喜建築士ら一級建築士4人を、業務上過失致死傷の疑いで書類送検 |
12月 | 東京地方検察庁立川支部が高木建築士を業務上過失致死傷罪で在宅起訴。書類送検されていた他の3人の一級建築士は不起訴 |
2014年 | |
8月 | 欧州保険会社が東京地裁に施工者の大林組と設計事務所3社を提訴(民事訴訟) |
9月 | 米国保険会社が高木事務所を提訴(民事訴訟) |
2016年 | |
2月 | 東京地裁立川支部が高木建築士に対して禁錮8カ月、執行猶予2年の判決 |
4月 | 米国保険会社が大林組と設計事務所2社を提訴(民事訴訟) |
10月 | 東京高等裁判所が一審判決を覆し、高木建築士に無罪判決 |
11月 | 東京地検が事故について再捜査を開始 |
2017年 | |
7月 | 東京地検が嫌疑不十分で設計の統括責任者ら3人を不起訴 |
構造設計者の無罪判決を受けて実施した異例の再捜査の末、東京地方検察庁は今年7月に嫌疑不十分で設計の統括責任者ら3人を不起訴としました。
ここまでは、一般のメディアでも報道されています。今回の我々の特集は、その先の話です。特集の前書きを引用します。
「こうしたなか、設計者と施工者を巻き込んだ民事訴訟が継続していることが取材で明らかになった。設計変更に伴う複雑な設計体制、設計者と施工者、発注者間での不十分な情報の受け渡しなど、トラブルの原因を探ると建築界が抱える問題点が浮かび上がってくる。刑事・民事の訴訟過程で判明した事実をもとに、事故の深層に迫る」
テレビドラマの事件ものでは、刑事訴訟で「無罪判決・不起訴」となれば物語的には一件落着ですが、現実には事故の補償費用を誰が負うのか、民事訴訟が続きます。
コストコ多摩境店事故では、欧州と米国の保険会社がそれぞれ、同店の設計・施工に携わった被告4者を相手取り代位求償(保険金の支払い後に被保険者から譲り受けた求償権を行使)していることが本誌の取材で明らかになりました。その総額は十数億円に上ります。
特別にその相関図をお見せします。
民事訴訟の詳細と、刑事訴訟を通じて明らかになった事故のメカニズムについては特集をご覧ください。
<特集目次>
- 争いの場は民事訴訟に
設計・施工者に10億円超を請求 - 事故はなぜ起こったか
性急な設計変更がトラブル招く - 無罪判決の建築士の証言
「私はスケープゴートにされた」 - 建築訴訟から学ぶ
職域明示して契約書で身を守れ
