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「安全安心」を冠した最も初期の施策

 この特集を組むに当たって最初からふに落ちなかったことが一つありました。計画の名称です。「安全」に「安心」をくっつけた「安全安心」という表現には当時、全くなじみがありませんでした。“まるで木に竹を接いだような言葉だなあ”と違和感さえ覚えました。

 何を持って「安全」とするかは、その社会組織(多くは国家)が備える知識(教養)・技術・経済のレベルによって異なってきます。そのレベルに合わせて達成すべき「安全」の目標を立て、科学的かつ客観的に許容できる基準を社会のルール(法令)として定められる、という共通理解の下に、産業社会の近代化は進んできました。

 一方、何を持って「安心」できるかは極めて主観的な判断によるものであり、同じ状況下でも個人個人でその基準は異なります。さらに同じ人でも心理状態や置かれた環境によって基準は揺れ動きます。法令の用語としては本来的になじまない言葉です。

 仮に条文や施行令の中に「安心」の基準を定めた法律が成立したとしたら、その不気味さ、きな臭さは容易に想像がつくと思います。“この基準を満たしているのだから安心しなさい”などと、国家や組織から強制されるいわれはありません。

 この「建築物安全安心」を冠した一連の計画は既存の法律である建築基準法や建築士法の適正・的確な運用を図るための施策であり、法律ではありません。個人的にはなじめない名称でしたが、当時は“阪神大震災で地に堕ちた建築行政の信頼回復に向けた造語。そのうち廃れるだろう”と高をくくり、この件については記事で触れませんでした。

 ところが、その見込みは全く外れてしまいました。

 一連の計画はその後、耐震性の向上、シックハウスや石綿対策なども取り込み、新築だけでなく維持管理や老朽化対策にも踏み込み、今日まで20年近く継続しています。国土交通省はほかにも、06年6月に災害時の情報伝達網の整備や事業継続計画(BCP)の推進を図る「安全・安心のためのソフト対策推進大綱」を、11年2月には都市防災に重点を置いた「安全・安心まちづくり計画」を策定、公表しています。

 他の省庁が管轄する分野でも「安全安心」は施策の目的を示すキーワードとして活用され始めました。

 警察庁は00年2月、「安全安心まちづくり推進要綱」を策定・通達。これを受けて都道府県や各自治体で防犯や暴力団対策を目的とした「安全安心まちづくり条例」制定の動きが始まります(東京都は03年7月制定)。当初は防犯対策のみでしたが、その後は国交省など他省庁の管轄する防災や事故対策などを盛り込み、「安全安心」を冠したまちづくり条例制定の動きが全国の自治体に広がります。

 農林水産省はBSE問題などをきっかけに03年6月、「食の安全・安心のための政策大綱」を策定して「食の安全・安心推進計画」をスタートさせ、厚生労働省もこの計画に協力しています。

 このほかにも、国会では科学技術、防衛・安全保障、原発・エネルギー、年金・医療・介護などの社会保障の分野の議論で「安全安心」がごく当たり前に使われるようになってきました。

 石原氏の言う“安全と安心がこんがらがっている”状況を生みだした一因は、当の政治家や行政官にもあるのです。しかし、ここまで普及してしまうと、もう後戻りはできません。今から思えば、「安全安心」が国会の場で急に使われ出した95年は、現在に続く、先の見えない「不安の時代」の幕開けだったのかもしれません。

 「建築物安全安心」を冠した一連の計画が「安全安心」という言葉を使った行政による“最初”の施策であったかは分かりませんが、少なくともかなり初期の施策であったことは確実です。

 当時の建設省の担当者たちは「安心」という言葉を建築行政の信頼回復という意味合いで使った節がありますが、その後は別の意味も含みながら様々なジャンルの施策のそこかしこに「安全安心」という言葉が組み入れられていきました。

  彼らはこのあいまいな言葉が政治や行政の用語としてすっかり定着してしまった現在の状況を、どのような思いで眺めているのでしょうか。

 「安全」の確保はともかく、「安心」の確保まで政治や行政に委ねてしまってよいものなのか。“ポスト真実”がはびこるネット社会に突入している今だからこそ、施策や情報の受け手である私たち一人ひとりが真剣に考えなければならない課題であると思います。

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