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女性に閉ざされていた「就職」の門戸

 そのときの経験から、すぐに設計の仕事をしたいと思い、研修から帰ってきて就職活動をしました。ただ当時の建築業界では、女性の就職の門戸は完全に閉ざされていました。海外の仕事をしたかったので、ゼネコンや大手設計事務所を希望していましたが、ほとんど女性を受け入れていませんでした。今では信じられないことですが、差別用語ばかり。女性の就職は「迷惑だ」くらいのことを平気で言ってくる人がいる時代だったんです。

工藤和美氏(写真:鈴木 愛子)
工藤和美氏(写真:鈴木 愛子)
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工藤氏が就職活動をしていたのは1983~84年。86年になって、ようやく男女雇用機会均等法が施行される。

 そんな状況に呆気にとられているうちに、就職活動の期間も終わりました。実はそのとき、大学院に進学するつもりはなかったのですが、オーストラリア・グラーツの展覧会準備の手伝いで、東京大学の原広司研究室に伺ったんです。雰囲気の良い研究室に引かれていましたし、周囲からの誘いもあって、進学することにしました。

 ただ、やはりスイスでの経験があまりに楽しくて忘れられず、大学院試験の前後に、IAESTEに2回目のエントリーもしていました。修士1年の夏、次はオランダに行くことになりました。