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構造家の川口衞氏は、丹下健三氏、磯崎新氏、内藤廣氏など多くの建築家と組み、時代を画する建築を生み出してきた。特筆すべきは、若い時期から実務の肝となる業務を担ってきたことだ。「国立代々木競技場第一体育館」では坪井善勝東京大学教授の下、実質的な責任者として構造設計に取り組んだ。(全3回のうちの第1回)

 私は駆け出し時代を経験していません。坪井善勝先生(当時、東京大学教授)の下で「国立代々木競技場(国立屋内総合競技場)第一体育館」(1964年)の構造設計を担当したのは博士課程のときです。法政大学の専任講師を務めながら、東京大学の研究員として坪井研究室の設計を手掛けました。

 丹下健三先生と坪井先生のコンビが設計した国立代々木競技場は、造形と力学性能が見事に一致したケーブル構造建築の稀有(けう)な事例です。従来の建築に比べて格段に規模が大きくなり、スパンは100mを超えました。

 そのような建築の構造設計をなぜ20代の私が担当したのか。当時の坪井研究室にシェル構造をやる先輩たちはたくさんいたけれど、ケーブル構造などのテンション構造を成熟したレベルまで研究していたのは私だけだったからです。

代々木第一体育館の30分の1ケーブル模型の上で、法政大学の卒論学生たちと。後列右から3人目が川口氏(写真:川口 衞)
代々木第一体育館の30分の1ケーブル模型の上で、法政大学の卒論学生たちと。後列右から3人目が川口氏(写真:川口 衞)
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