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経営効率よりも領域開拓

 こうした人材運用では専門家が育ちにくく、経営効率が低下するのではないか。その問いに三木氏は、「専門分野の能力ばかりを磨けば短期的な効率は良くなるだろう。だが、組織の柔軟性やスタッフのクリエーティビティーが低下する」と答える。

 あえて専門をつくらず、デザインがどのように人間に作用するかという一点から考えること。その姿勢が新たなアイデアを生む原動力となる。

 三木氏も、英国サッカーの聖地「ウエンブリー・スタジアム」(07年竣工)の設計が終わるやいなや、次に担当したのは船舶のデザインだった〔写真3〕。三木氏はこのとき、船舶設計の経験も知識もなかった。9万人規模のスタジアム設計から、急に全長42mのボートを任されたのだ。「こんなに違った分野に挑戦できて、楽しくて仕方がない」と三木氏は笑う。

〔写真3〕9万人収容のスタジアムからボートまでデザイン
〔写真3〕9万人収容のスタジアムからボートまでデザイン
トニー・三木氏(写真右下)は、9万人収容のウエンブリー・スタジアムの設計を手掛けた後、42mのボートのデザインを命じられた(写真:左と右上はNigel Young_Foster + Partners、右下は日経アーキテクチュア)
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 ボートのデザインで三木氏は、船舶分野の常識を「利用者の使いやすさ」の観点から見直した。「造船会社とはよく戦った。それでも、床から天井までガラス製にするなど、ボートの常識を覆すデザインを提案できた」と三木氏は話す。

 そうした異分野での経験や人脈が、建築のみならず工業デザインや商業デザインを一段と進化させる。一見、経営効率が悪いようにも思えるフォスター事務所のやり方だが、見方を変えれば、現状にとどまるリスクを最小限にとどめ、新しい分野に果敢に挑むことでブランド力を高め続ける“攻めの経営”といえそうだ。