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 2月6日午後11時50分(現地時間)、台湾東部をマグニチュード(M)6.0の地震が襲った。死者は17人。震源近くの花蓮市内では、断層近傍の高層ビル4棟が倒壊・崩壊した。日経アーキテクチュアは2月10日から2日間、被災地を緊急取材。倒壊の原因を探った。和田章・東京工業大学名誉教授の見解を交えて被害の実態を報告する。

2月6日、台湾東部の近海で地震が発生。花蓮市では高層ビル4棟が倒壊した。写真は最も大きな被害を受けた「雲門翠堤大楼」で、2月10日に西側から撮影。4階ベランダは地面に接触し、干された洗濯物が風にたなびいていた。敷地の南側には水門が隣接しており、かつて地下には水路があったという(撮影:日経アーキテクチュア)
2月6日、台湾東部の近海で地震が発生。花蓮市では高層ビル4棟が倒壊した。写真は最も大きな被害を受けた「雲門翠堤大楼」で、2月10日に西側から撮影。4階ベランダは地面に接触し、干された洗濯物が風にたなびいていた。敷地の南側には水門が隣接しており、かつて地下には水路があったという(撮影:日経アーキテクチュア)
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雲門翠堤大楼を北側から撮影。地震によって柱が壊れ、1~3階が地中に潜り込んでいた。死者の多くは、低層階に入っていたホテルの宿泊客だった(撮影:日経アーキテクチュア)
雲門翠堤大楼を北側から撮影。地震によって柱が壊れ、1~3階が地中に潜り込んでいた。死者の多くは、低層階に入っていたホテルの宿泊客だった(撮影:日経アーキテクチュア)
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北東側から見ると、2階の梁があらわになっていた。余震が続くなか、行方不明者の捜索と、構造エンジニアなどによる建築の調査が同時に行われていた(撮影:日経アーキテクチュア)
北東側から見ると、2階の梁があらわになっていた。余震が続くなか、行方不明者の捜索と、構造エンジニアなどによる建築の調査が同時に行われていた(撮影:日経アーキテクチュア)
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行方不明者の捜索状況を報道陣に説明する花蓮県消防局局長。台湾内政部消防署の発表によると、2月12日午後6時までに確認された地震による人的被害は死者16人、負傷者291人、行方不明者1人だった。行方不明者は2月25日に解体中の雲門翠堤大楼で発見された(撮影:日経アーキテクチュア)
行方不明者の捜索状況を報道陣に説明する花蓮県消防局局長。台湾内政部消防署の発表によると、2月12日午後6時までに確認された地震による人的被害は死者16人、負傷者291人、行方不明者1人だった。行方不明者は2月25日に解体中の雲門翠堤大楼で発見された(撮影:日経アーキテクチュア)
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2月6日に発生した地震の震源の位置と、地動最大加速度(PGA)の分布を示した図(出所:台湾中央気象局)
2月6日に発生した地震の震源の位置と、地動最大加速度(PGA)の分布を示した図(出所:台湾中央気象局)
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 高層ビル「雲門翠堤大楼」は、遠目からも分かるほど大きく傾いていた。敷地の周囲には規制線が張られている。現地に着いたときは行方不明の夫婦が建物内で発見され、消防隊や軍隊が遺体を運び出す瞬間だった。

 2月6日に台湾東部で発生した地震は、花蓮(ファーリエン)市や宜蘭(イーラン)県南墺(ナンアオ)で最大震度7級を記録(日本の震度7に相当)。死者17人のうち、14人は雲門翠堤大楼にいた人々だった。「美崙渓」という川沿いに立つこの建物は、地下1階・地上12階建てで、鉄筋コンクリート造。1994年に竣工し、1階にレストラン「阿官火鍋」、2、3階にホテル「漂亮生活旅店」、4階以上に住居などが入っていた。