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地震被害と建築基準の歴史

大規模地震と木造に関わる基準の変遷。新耐震基準は1981年に導入されたが、阪神・淡路大震災では木造住宅の被害が多発。倒壊を防ぐための壁の配置バランスは2000年に初めて制定された(資料:日本木造住宅耐震補強事業者協同組合の資料をもとに日経アーキテクチュアが作成)
大規模地震と木造に関わる基準の変遷。新耐震基準は1981年に導入されたが、阪神・淡路大震災では木造住宅の被害が多発。倒壊を防ぐための壁の配置バランスは2000年に初めて制定された(資料:日本木造住宅耐震補強事業者協同組合の資料をもとに日経アーキテクチュアが作成)
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 日本の建築の歴史は、地震との戦いの歴史だ。地震による建物被害が生じるたびに、日本の建築は技術面、制度面で進化してきた。70年代の被害で特に顕著だったのは、柱などがずれるように壊れるせん断破壊だ。78年の宮城県沖地震では、耐震要素の配置バランスが悪い建物にせん断破壊を伴う大きな被害が出た。この地震を契機に、81年に新耐震設計法が導入された。

 95年の阪神・淡路大震災では、新耐震導入後の建物におおむね被害はなかったが、対照的に新耐震以前の建物に被害が集中した。木造住宅などの倒壊も相次ぎ、2000年に基準が強化された。2003年の十勝沖地震では、天井材の落下が発生。躯体の耐震性に加え、非構造部材の安全性向上が叫ばれた。2004年の新潟県中越地震では、最大震度7の地震が山間部を襲った。宅地の盛り土被害などが目立った。

 そして2011年、東日本大震災が発生。津波が街をのみ込んだ。全壊、半壊、一部損壊した住家は110万戸を超え、阪神・淡路大震災の倍近くの被害となった。長周期地震動によって都心部の超高層ビルが揺れる現象も目立った。液状化現象も多発した。被災地では復興が進むが、震災で負った傷は5年たった今も癒えていない。そうしたなか、2016年に熊本地震が発生した。

 「思ってもいなかった被害との戦いの連続」。特集のなかで、当時、日本建築学会会長を務めていた和田名誉教授は、地震と現代建築の歴史についてこう表現していた。そのうえで、「耐震設計は、その時代に正しいと思われた基準や技術で行われてきた。地震とともに設計基準は進化し、安全性が高まったのは事実。しかしそれだけでは足りない。設計者に必要なのは、どんな被害が生じ得るかを想像する能力だ」と語っている。